ストーマ保有者の方々の体験談

一時的ストーマ、永久ストーマに関わらず、ストーマを造設することで生活スタイルが変わることもあれば、変わらないこともあります。個人差はありますが、ストーマのある生活に慣れるまでに多くの時間がかかる場合もあるかもしれません。どのように対応するかは状況によって異なります。ストーマのある生活を送られている方々のご経験を紹介するストーリーを集めました。参考にしてみてください。

ナタリー

2009年から イレオストミー (回腸ストーマ)
オランダ

手術を回避するためにあらゆる手立てを尽くす

私は 2002 年に潰瘍性大腸炎と診断されました。常に薬を服用していましたが、健康状態は良くありませんでした。医師たちは何度か手術とストーマの話を持ち出しましたが、私はこれを回避するために、あらゆる手立てを尽くしました。

ストーマを造設したくなかった理由の1つは、長年湿疹に悩まされていたことがあり、ストーマ袋を取り付けた場所の湿疹が悪化するのではないかと心配していたからです。幸いなことに、これまでそのような問題は起きていません。

私は単品系装具を使用しています。できるだけ目立たない装具を使用したいからです。

妊娠中にストーマを造設

妊娠18週目にさしかかったとき、あまりにも具合が悪くなり、結腸を切除してストーマを造設する以外解決策がなくなっていました。当時、私の頭の中はお腹の赤ちゃんのことでいっぱいで、ストーマを造設することよりも赤ちゃんの健康のことが心配でした。

私は、麻酔から覚めたとき、赤ちゃんが健康であると産科医から教えてもらえれば、他には何もいりませんでした。産科医がカバーを外すと、ストーマ、ストーマ袋、そして大きな創傷被覆剤が目に入りました。見る限り大丈夫そうでしたし、その部分にストーマが造設されているのだろうと思いましたが、赤ちゃんが元気であることを知ることの方が私にとってはずっと重要でした。そして赤ちゃんは元気でした。

入院中の私は、赤ちゃんに意識が集中しており、特に問題はありませんでした。しかし帰宅して自分の姿を鏡で見て初めて、自分の身体に起きた変化、つまりストーマと創傷を理解したのです。ストーマを受け入れるまでに 2、3 週間ほどかかりましたが、体調も良く、診断を受けて以来不調を感じなかったので、それが大きな助けになりました。

ストーマのおかげで、前よりもずっと自由に

私は長いこと味わっていなかった解放感を感じました。手術前は、常にトイレを探していなければならなかったので、行動範囲が非常に限られていました。今では、トイレがどこにあるか把握していなくても外出することができます。医師から回腸嚢肛門管吻合術の可能性について聞かされましたが、受けるつもりはありません。夫はストーマの方が自由に動くことができるので、ストーマのままにすべきだと言い続けてくれています。

私は職業案内サービスのコンサルタントの仕事に戻ったところです。毎日多くの人々と密接な関わりを持ち、他の人々の家を訪ねることもよくあります。ですので、頼れるストーマ袋があること、そして誰もストーマ袋を見たり臭いに気づいたりしないことが私にとっては大切です。

一度だけ、アポイントの後で車を運転しているときに問題が生じたことがありました。シートベルトがストーマを圧迫していたため、漏れが生じてしまったのです。この一件以来、私はシートベルトを高い位置で締めることを学びました。

ここ何年も苦しんできたときと比べて体調は良好に

11月に女の子を出産した後の私の体調は、これまで何年も苦しんできたときと比べて良くなっています。私は人生と娘の育児を本当に楽しんでいます。赤ちゃんを育てることで、自分のやりたいことに目をつぶらなければならないこともあります。おむつを替えたり授乳したりしながら、自分のストーマ袋をいじる時間はありません。自分のことに費やす時間はほとんどなく、お手洗いも短時間で済ませなければならないときもあります。そのようなとき、ストーマ装具が非常に使いやすいということはとても重要な意味を持ちます。

私は妊娠中にストーマを造設しましたが、それからは以前着ていた服は着ていません。出産から6か月が経ちましたが、ウエストバンドの下にストーマ袋を隠すのが難しいため、今でも妊婦用のズボンを買っています。これからも気に入った洋服を試して、新しいスタイルを見つけようと思っています。